第6話 現世と幻世
T・チリン・・チリン・・・
「いらっしゃいませ・・・!
お久しぶりですね」
「驚かせたか?」
「いえ、未だこちらには戻ってはいらっしゃらないと
思っていましたから」
「そうか?10年経ったぞ、人間界の時間だがな」
「10年は短くないですか?」
「そうか?そうかもしれんな・・・」
「それにしても変わらんなここは」
「そこが良いところです、変わらない事は時として
大事な事なんですよ」
「だろうな、私は少し変わったかも知れんが
ま、それもいいだろう」
「何にされますか?」
「カフェモカできるか?」
「はい、もちろんです」
「ココナッツミルクというわけにもいかんしな・・・」
「ココナッツミルクですか?」
「人間の世界に行っていた時の主がな
エスニックが好きでな、まぁエスニック以外も
料理は好きな主だったな」
「それは素晴らしいですね」
「それでな、あるときココナッツミルクのデザートを
食べていたから側に行ったんだが、なかなか良い香りでな
ちょっと舐めてみたらこれがうまい」
「ココナッツミルクは独特の香りで
甘味も上品ですしね」
「ああ、それ以来時々飲ませてくれるようになったな
少しだが。」
「人間の食べ物は体には良くないのでしょう?
猫でも犬でも」
「そうだな。だから主も少ししかくれなかったな」
「楽しい思い出ですね」


U・
「そうだな。それにしても・・・」
「どうかされましたか?」
「仕事が溜まっておる・・・私がいない間、何をしていたのかと思うほど残っている・・・まったく。」
「そんなに片付いてないのですか?」
「山ほど並んでいてな・・・ゆっくり現世の感傷に浸っている時間も無い・・・」
「感傷ですか?・・・ケルベロス様が・・・」
「なんだ?その言い方、おかしいか?」
「いえいえ、そう言う訳では・・・」
「そう言う訳なんだろう?いずれにしろこれを一杯飲んだら
仕事だ。まったく、のんびりする時間もないな」
「頑張ってください」
「私が仕事を始めると早いからな、そう時間もかからないとは思うが
それにしても不甲斐ないやつらよ」
「ケルベロス様の仕事が早いのは有名ですからね。
比べたら可哀想じゃないですか?」
「それではいくら経っても任せられんだろう?
次に現世に遊びにいけんではないか」
「現世ですか、さしずめこちらは「幻世」ですかね?
でも、また、行くおつもりなのですか?」
「いかんか?なかなか面白かったぞ」
「お許しでますかね?」
「さあな。おっとそろそろ行くか、仕事が溜まる一方だ。
まったく少しはのんびりしたいものだぞ。
ではな、行って来る。
次はココナッツミルクでも用意しておいてくれ」
「はい、かしこまりました。
行ってらっしゃいませ、頑張って下さい。」
手を上げて挨拶代わりに店を出るケルベロス様です。
現世がよほど楽しかったんですね。
お別れした主の方は寂しいでしょうに・・・


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